先生紹介

新宿足改善センター 院長 町田 晋太郎(足の専門家)

院長 町田 晋太郎(足の専門家)
出身地
鹿児島県
好きな食べ物
お酒全般、酢モツ
血液型
A型
動物占い
コアラ
ニックネーム
骨盤大臣

ストーリー

幼少期

幼少期幼少期

鹿児島の小さな島に生まれました。海がきれいで自然がとても豊かなところです。

人口もそんなに多くないので、子供も少なく、だいたい同じ人たちと遊んでいたのを覚えています。川を行けるところまで遡ったり、海でカニや魚を捕まえたり結構アクティブに遊んでいました。

夏休みは昼から夜まで海で泳いでいました。家から海まで3分くらいなので、海水浴に行くことが準備や移動時間も含め大変ということは、本土にきて初めて知りました(笑)

私は生まれたときはそんなに大きくなかったのですが、3歳の時にかかった病気の影響で、親からはあまり体を動かさないように言われていました。食欲は衰えないので、どんどん食べ幼稚園から小学校を卒業するまでには立派な体型(横に)になっていました。

学生時代

中学校に入学してからバレーボールを始めました。田舎なのでバレー部しかなかったのです。この時は、その後20年以上やることになるとは全く思っていなかったです。残念ながら私の中学校はとても弱く、地区大会の1回戦で負けるようなチームでしたのでこれといった思い出はありません。ただ、バレーしたことによってか、身長がぐんぐんと伸び3年の夏には185cmになっていました。

高校は公立でありながらスポーツがとても強い学校で、バレーボール部も県で1.2位を争う強豪校でした。わざわざそんな強い部活に入らなくてもよさそうなものですが、当時の私はなんか自信があったのでしょう。弱小チームから無理をして入部したため、たいしたこともできず3年間ボールを拾い続けていました(笑)

選手として結果は出せませんでしたが、ハードなトレーニングや体のケアについて学ぶことができました。この3年間が人の身体について興味を持ったきっかけになったと思います。

専門学校時代

高校卒業後、一旦就職しましたがあまりに単調な日々に、「このままでいいのか?」と悩んでいました。そんな時、勤めていた会社で理学療法士という資格があることを知りました。自分なりに調べたところ、興味のあった人の身体について学べて、ケガや病気で悩んでいる人たちのお手伝いができる素晴らしい仕事だということがわかり、思い切ってその道に飛び込むことにしました。このころからフットワークは軽かったと思います。

専門学校での日々はとても楽しかったです。サークルを作ったりするなど充実した生活を送れたと思います。もちろんきちんと勉強もしていましたよ。

そんな中、一年生の冬にバイクで事故に合いました。右膝関節後十字靭帯断裂という大けがをしてしまいます。1か月くらい入院したのですが、この時に初めて理学療法士の仕事を見ることができました。リハビリが開始されるまでずっと車いす生活をしていたのですが、初回のリハビリを受けた後「今日から歩いていいよ」と言われたときの衝撃と実際に歩けたときの感動は今でも覚えています。今思えば、理学療法士としては当たり前のことだったのかもしれませんが、歩けないかもしれないと思っていた僕を歩けるようにしてくれたこの人はすごい、こんな先生になれたらいいなと思ったのもこの時でした。

怪我をしている膝だけでなく、足元や骨盤など関係のなさそうなところも「歩く」という一連の動きの中で重要なことだと教えていただいたのも大変貴重な経験となりました。

退院後は、リハビリと勉強にはげみ、一発で無事に国家試験合格を勝ち取りました。

病院での日々 骨盤王国との出会い

病院での日々はとても充実していました。運動器疾患を中心に、脳血管障害や神経難病などの患者様を担当させていただいたこともありました。

何年か経験を積んでいくうちに、仕事にも慣れ、特に変わったこともない日々を過ごすようになっていきました。そんな時にふと抱いたのが、本当に自分が人を改善させているのか?原因はよくわからないけど、時間が経ったから自然と良くなっただけではないのか?という疑問でした。精一杯やっているが、どうしても変わらない患者さんがいる、なんとかできないかと悶々とした日々を過ごしていました。

そんな中、友人から「凄腕整体師がいるから一回会ってみたら?」と言われました。正直、整体なんて…と思う気持ちもあったのですが、これも何かのきっかけになるのではないかと思い会ってみることにしたのが骨盤王国との出会いです。代表の内村と話をしてくと、共感する部分が多く「この人面白いな」が最初の印象です。そこからの流れで実際に整体を受けることになりました。初めて受けた感想は「何をしているのかわからない(笑)」でした。今まで自分が知っている施術方法とは全く違い「??」がたくさんついたのを覚えています。

ただ、私の右膝の痛みは無くなったのです。今まで病院で受けた施術や自分の考え方とは全く違うアプローチで足が治った。固定概念が崩され、新しい可能性が広がる感覚がそこにはありました。この環境なら今のモヤモヤを払拭できるのではないかと思い、一念発起し入社することを決めました!

治療への想い

治療への想い治療への想い

前職の仕事柄、人の歩き方や走り方など足元に関わることが多く、自然と興味を持つようになりました。学生時代のケガきっかけで自分の体がうまく動かせなかった経験も結果として今の仕事に結びついていると思います。

治療家として第1に考えることは、「何がベストなのか」を考え、それを提供させていただくことです。それは、身体的なことかもしれませんし精神的な面から考えないといけないこともあるかもしれません。そのためには、日々の精進を怠ることはありません。

私自身、多くのケガや病気を患ってきました。そんな時に思ったのは、「どんな方法でもいいからよくなりたい」という思いです。そんな私だからこそ、悩んでいる皆様のお気持ちに少しでも寄り添えるのではないかと思います。

私共のところへいらして下さったお客様が、「来てよかった」「もっと早く来ればよかった」と言っていただけるように精一杯努力させていただきます!

ぜひ、一番初めに新宿足改善センターにご来店ください。皆様とお会いできる日を楽しみにしております!

趣味

スポーツ

趣味

学生時代から社会人までバレーボールをやっていました。いろいろな怪我をして満足にできなくなってしまいましたが、今でも時々やっています。最近は、筋トレやランニングなども始めました!いかに効率よく痩せていくか考えるのが好きです。2か月で20㎏痩せたのが最高記録。ごくまれに、湘南でサーフィンもやったり、やらなかったり…

お酒を飲むこと

たくさん飲むのは好きではありません(笑)。おいしいお酒をゆっくり飲むのが好きです。
自分では思っていないのですが、出身地のこともあり人からお酒が強いとよく言われます。
幅広くいろいろなお酒をバーで飲むのが好きです。

YOUTUBE

見る専門です。面白い動画よりは、タメになる動画をよく見ています。いろいろな人の考え方や新しい発見を学べるのでとても勉強になっています。
ゆくゆくは、自分で動画が作れたらなあと思っています。

新宿足改善センター 副院長 橋本 輝(足の専門家)

副院長 橋本 輝
趣味
日本ドラマ鑑賞、スポーツ全般
好きな食べ物
お寿司、スイーツ全般
血液型
B型
動物占い
コアラ
国家資格
柔道整復師、保健体育教諭、パーソナルトレーナー
  • 柔道整復師免許証

ストーリー

幼少期

幼少期

葉県鴨川市という海と山に囲まれた自然豊かな町で育ちました。小さな頃から体を動かすのが大好きで、砂浜を走り回ったり鬼ごっこをしたりして毎日のように外で遊んでいました。小学校では器械体操、水泳、陸上と選抜選手に選ばれ、大会では優秀賞を頂くなど、入賞することもありました。その経験が、今でも自信の源になっているように感じます。

モノを作ったり絵を描いたりするのも好きで、夢中になって取り組み色々な賞をとれたのも嬉しかったです。歌を唄ったり、楽器を演奏したりすることも好きで、合唱コンクールでソロパートが貰えたことは今でもとてもいい思い出です。体育と図工と音楽が大好き!そんな右脳系な子供でした(笑)

青年期

青年期青年期

中学では、日々野球部の練習に励み県大会に出場することができました。また生徒会や応援団長を務め、リーダーシップを学びました。この頃の経験が、人を育て伸ばし応援するといった今の仕事にも繋がっていると思います。

高校では、硬式テニスで県大会出場できたことや文化祭でバンドのボーカルを務めたことがとても良い経験になりました。

高校を卒業した後、スポーツトレーナーの専門学校に進み身体や運動の基礎を学び、鹿児島の国立体育大学に編入しました。そこでは保健体育の教員免許を取得し、身体機能を向上させるトレーニングについての研究で評価を受けました。知らない土地での生活は大変でしたが、とても新鮮でした。

大学卒業後、柔道整復師の専門学校に進学し、3年間で身体を整復することを学び、無事国家資格を取得することができました。

柔道整復師になったきっかけ・想い

柔道整復師になったきっかけ・想い

中学で介護実習中に階段を踏み外して足首を酷く捻挫しました。しばらくしても歩くだけでズキズキ痛み、「このまま一生歩けないんじゃないか?」と、とても不安でした。その時に、接骨院の先生に施術して頂き、また歩き回れるようになりました。柔道整復師としての腕の凄さと人間の回復力にその時はとても驚きました。

また、高校でやっていた硬式テニスで股関節を痛めてしまい、大学生になっても股関節周りの違和感に悩まされていました。なので、「この違和感とは一生付き合っていくものなんだなぁ」と諦めていました。そんな時!偶然出会ったカイロプラクターによる数回の施術で、私の股関節の違和感は無くなりました。完全に諦めていたので、本当に衝撃でした。将来は保健体育の先生になろうと思っていた私の人生はこの時変わりました。「素晴らしい!!」私が足首や股関節の悩みから救われたのと同じように、足の悩みを持つ人を救いたい!そう想い、柔道整復師になることを決意しました。

初めて勤めた整骨院では、ギックリ腰や寝違えなど体を痛めて困っている方に施術をするとても貴重な時間を過ごしました。しかし、痛みのある箇所を部分的に施術して改善する方法に限界を感じていました。

クライアントがお困りのことを早期根本改善したいと思い、柔道整復師としてより成長できる環境を求め続けた結果、新宿足改善センターの『痛みを早期改善する為には違和感がある部分だけでなく“根本原因を把握”して“体全体のバランス”を整え改善する』という理念に強く惹かれ入社しました。

その後、研修や練習を重ね今まで見れていなかった部分を見、感じられてなかったものを感じるようになった結果、これまでは改善することが難しかった症状でも良い方向に導けるようになりました。そして、日々沢山の方に施術を行う中で、「先生!おかげさまで諦めていた足の痛みが本当に良くなりました!」「正直こんなに良くなるとは思っていませんでした!」と言った喜びの声を頂けるようになりました。私自身もとても嬉しく思います。

私は、クライアントが困っていたら1日でも早く問題を解決して、その方の不安を取り除ける施術家でありたい。そのために、クライアントには毎回真剣に向き合い、日々の学びや技術練習は欠かしません。

これまで積み重ねてきた経験を活かし、皆様がお困りのことが解決され、明るい笑顔になって頂くために全力を尽くします。

足のお悩みは安心して私達にお任せ下さい!