先生紹介

新宿足改善センター 院長 澤村 博樹(足の専門士)

院長 澤村 博樹
出身地
愛媛県岩城村みかん
好きな食べ物
お寿司、スイーツ全般
血液型
AB型(クワ型)
動物占い
国家資格
鍼灸師
  • はり師免許証
  • きゅう師免許証

ストーリー

幼少期

幼少期

私の生まれ故郷は、愛媛県の瀬戸内海にある小さな島です。人口わずか2000人の、海に覆われ自然たっぷりなところです。

そんな田舎で育ったので、毎日日が暮れるまで外で遊んでいました。勉強よりも遊ぶことが大好きだったので、いつも走り回っていた記憶があります。

夏休みはカブトムシとクワガタ取りに没頭し一夏で最高50匹捕まえたこともあります。(今は昔と違って全然取れないのでなんだか寂しいです)

しかし、遊ぶことに夢中でいつも先生に勉強しなさいと言われていました。今思えば、先生の話を素直に聞いてもっと勉強すればよかったです(笑)

学生時代

学生時代

小さい頃から走ることは大好きだったので、知らない間に自分でもびっくりするほど足が速くなっていました。今の体型からは信じられないかもしれませんが、小学〜中学生の時は足の速さを買われて陸上部と野球部を掛け持ちしていました。

本当に足だけは速かったので野球部では塁に出ると、必ず盗塁のサインが出ていました。陸上部では3年生の時に部長を務め、皆を優勝に導くためにチームメイトの気持ちを一つにするのはもちろん、馬鹿をやって笑わせてテンションをあげたりしていました。今でも人を笑わせるのは大好きなので、このときの経験が今の仕事にも生きていると思います。

挫折

そんな私も足の怪我に泣かされました。中学生の時に初めて足首を怪我をしてから、膝や股関節と繰り返し負傷し、怪我を恐れることから本気で走ることが出来ずに悔しい毎日を送っていました。

「一日でも早く本気で走れるようになりたい!!」

その日が訪れるのを夢見て船に乗って隣の大きな島まで行き、整骨院や整形外科を両親と一緒に回り続けました。しかし、思いとは逆にどこに行っても望むような結果は得られませんでした。ようやく良くなったのは高校3年生の終わり、陸上は高校卒業と共に辞めてしましました。

もっと早く足を良く出来る先生に出会っていれば、走ることを諦めなくてよかったんじゃないか?こんなに整体院や整骨院があるのに、なんで上手な先生が少ないんだろう?怒りを覚えると共に、

「俺みたいに、どこに行っても足が良くならない人を助けたい!」

本気でそう思いました。そして、その決意を胸に鍼灸の国家資格を取得しました。

修業時代

修業時代

卒業後はバンバン施術したかったので、技術が出来るだけ早く上達しそうな整骨院を探しましたが、当時の大阪の整骨院は「施術は見て覚えろ!」と昔ながらの師弟制度が強く、施術家を育成するという考えはありませんでした。

新人に体系立てて丁寧に施術を教えてくれる整骨院は当時は関東にしかなかったので、東京に引っ越し大手整骨院に入社しました。

「俺みたいに、どこに行っても足が良くならない人を助けたい!」の思いだけで、鍼灸、マッサージやストレッチ、操体法、テーピングなど毎日練習に明け暮れましたが、人より不器用な私は思うような結果が出せず悔しい思いを沢山しました。

それでも、来店されたお客さんには必ず笑顔になって帰ってもらう!という気持ちだけは誰にも負けたくなかったので、朝早くから夜遅くまで誰よりも長く現場に入り、空いている時間は勉強。

土日は新しい知識の吸収に使いました。正直とてもしんどかったですが、誰よりも上手な施術家になる。その思いだけで突き進みました。そして気付いたときには、大手グループ整骨院のプレイングマネージャーになっていました。

施術にかける想い

施術にかける想い

プレイングマネージャーになり、来店された沢山のお客さんにも喜んで頂けるようになりました。少し調子に乗っていたかもしれません。
そんな時に来院した“Kくん”

昔の私と同じ陸上部で、試合間近だけど膝を痛めて走れないという相談でした。

「大丈夫!!試合に間に合うように良くするから任せといて!!」

いつもどおり笑顔になって帰ってもらおうと施術しましたが、なかなか良くならず、その日はテーピングで膝を固定して(今思えば誤魔化して)次の日に来てもらうことにしました。

しかし、次の日施術しても治らず、その次の日も同じで、一時的に膝が楽になってもまた次の日には痛みがぶり返すということを繰り返していました。

「痛みが取れないのはなぜ?」額に脂汗をかきながら必死に考えても答えは見つからない・・・
そして試合の日が来てもKくんの膝は全く変わりませんでした。
「先生。もういいよ。整形外科で手術するから・・・・」そういってKくんは二度と整骨院に顔を出すことはありませんでした。

自分と同じ様な思いをさせたくないと鍼灸師になったのに、なんで目の前の悩んでいる人に対して結果を出せないのか??そんな不甲斐ない自分が本当に嫌になりました。どうすれば一日でも早く全ての痛みが取れるのか。そして、どうすれば足の故障を根本から改善し、再発を防げるのか。

それからはそれまで以上に真剣に、勉強をしました。より良い施術法を求めてセミナーや学会に参加したり、本を読み漁ったり、有名な先生に直接会ったりする中で、1つの考え方に出会いました。

その考え方とは『足の痛みや変形の原因は足にはない』という事。

痛い部分だけでなく、内臓や背骨など全身のバランスを整えることで足の症状は改善し、再発を防げます。さらに直接的な外傷以外に、根本原因はストレス、睡眠不足、食生活などの生活習慣からくる脳疲労にあることに気付き、本当の意味での根本施術に辿り着きました。

その考え方に従って施術を始めてから、毎日のお客さんの反応が変わってきました。

「先生上手になったね!」
「足が痛いのに足に原因ってないんですね?」
「そんな優しい刺激で良くなるんですね〜」

そんな声を毎日のように頂くようになりました。

そして、ようやく
『先生のところに最初に来てよかった』
といってもらえる自分になれたかなと思います。

いまだったら“Kくん“も良く出来ると思います。
「Kくんあの時は本当にごめん」

もちろんまだまだ簡単には改善できないお客さんがいらっしゃるのも事実です。けれども、お陰様で毎日のように心からの喜びの声を頂けるまでに至りました。

お客さんからは
『不安だったけど最初に来てよかった!』
『どこにいっても足の痛みが良くならなかったのに、こちらに来て改善されて本当にたすかりました』

など、嬉しいお声を沢山頂いています。

もし、あなたが辛くて不安でどうしようか迷っていたら迷わず一番最初に新宿足改善センターにご連絡ください。

私達が“最初で最後の先生”になるようにあなたをお待ちしています。

趣味

サッカー観戦、テニス

趣味

実は昔サッカーをしていたこともあり、サッカー観戦が大好きです。ワールドカップやオリンピックなど大きな大会の時は、多少寝不足になろうが絶対にリアルタイムで見ます。特にリーガエスパニョーラのバレンシアファンです。サッカー以外にもスポーツが大好きなので、休日にはテニススクールに通い、松岡修造のように、熱くプレーしています。

DVD鑑賞

医療系のドラマが大好きです。白い巨塔やコウノドリと様々なジャンルのドラマを見ています。ドラマの世界でのドクターが危機的な患者さんを救うのを見て、「よし!俺もみんなを救うぞ!」と毎回自分を奮い立たせています。理想の先生像は里見先生とコウノドリ先生です。患者さんの為に、人生を捧げている姿がすごくカッコよくないですか??

季節ごとの温泉旅行

私は田舎育ちなので、心と体が疲れた時に緑が恋しくなります。今は東京ですが、福岡に居た時は妻とよく温泉に行ってました。えっちらおっちらバスを乗り継いで目的地に行くのも楽しいですし、田舎の空気と自然と人柄で心も体も癒されます。

新宿足改善センター 副院長 橋本 輝(足の専門士)

副院長 橋本 輝
趣味
日本ドラマ鑑賞、スポーツ全般
好きな食べ物
お寿司、スイーツ全般
血液型
B型
動物占い
コアラ
国家資格
柔道整復師、保健体育教諭、パーソナルトレーナー
  • 柔道整復師免許証

ストーリー

幼少期

幼少期

葉県鴨川市という海と山に囲まれた自然豊かな町で育ちました。小さな頃から体を動かすのが大好きで、砂浜を走り回ったり鬼ごっこをしたりして毎日のように外で遊んでいました。小学校では器械体操、水泳、陸上と選抜選手に選ばれ、大会では優秀賞を頂くなど、入賞することもありました。その経験が、今でも自信の源になっているように感じます。

モノを作ったり絵を描いたりするのも好きで、夢中になって取り組み色々な賞をとれたのも嬉しかったです。歌を唄ったり、楽器を演奏したりすることも好きで、合唱コンクールでソロパートが貰えたことは今でもとてもいい思い出です。体育と図工と音楽が大好き!そんな右脳系な子供でした(笑)

青年期

青年期青年期

中学では、日々野球部の練習に励み県大会に出場することができました。また生徒会や応援団長を務め、リーダーシップを学びました。この頃の経験が、人を育て伸ばし応援するといった今の仕事にも繋がっていると思います。

高校では、硬式テニスで県大会出場できたことや文化祭でバンドのボーカルを務めたことがとても良い経験になりました。

高校を卒業した後、スポーツトレーナーの専門学校に進み身体や運動の基礎を学び、鹿児島の国立体育大学に編入しました。そこでは保健体育の教員免許を取得し、身体機能を向上させるトレーニングについての研究で評価を受けました。知らない土地での生活は大変でしたが、とても新鮮でした。

大学卒業後、柔道整復師の専門学校に進学し、3年間で身体を整復することを学び、無事国家資格を取得することができました。

柔道整復師になったきっかけ・想い

柔道整復師になったきっかけ・想い

中学で介護実習中に階段を踏み外して足首を酷く捻挫しました。しばらくしても歩くだけでズキズキ痛み、「このまま一生歩けないんじゃないか?」と、とても不安でした。その時に、接骨院の先生に施術して頂き、また歩き回れるようになりました。柔道整復師としての腕の凄さと人間の回復力にその時はとても驚きました。

また、高校でやっていた硬式テニスで股関節を痛めてしまい、大学生になっても股関節周りの違和感に悩まされていました。なので、「この違和感とは一生付き合っていくものなんだなぁ」と諦めていました。そんな時!偶然出会ったカイロプラクターによる数回の施術で、私の股関節の違和感は無くなりました。完全に諦めていたので、本当に衝撃でした。将来は保健体育の先生になろうと思っていた私の人生はこの時変わりました。「素晴らしい!!」私が足首や股関節の悩みから救われたのと同じように、足の悩みを持つ人を救いたい!そう想い、柔道整復師になることを決意しました。

初めて勤めた整骨院では、ギックリ腰や寝違えなど体を痛めて困っている方に施術をするとても貴重な時間を過ごしました。しかし、痛みのある箇所を部分的に施術して改善する方法に限界を感じていました。

クライアントがお困りのことを早期根本改善したいと思い、柔道整復師としてより成長できる環境を求め続けた結果、新宿足改善センターの『痛みを早期改善する為には違和感がある部分だけでなく“根本原因を把握”して“体全体のバランス”を整え改善する』という理念に強く惹かれ入社しました。

その後、研修や練習を重ね今まで見れていなかった部分を見、感じられてなかったものを感じるようになった結果、これまでは改善することが難しかった症状でも良い方向に導けるようになりました。そして、日々沢山の方に施術を行う中で、「先生!おかげさまで諦めていた足の痛みが本当に良くなりました!」「正直こんなに良くなるとは思っていませんでした!」と言った喜びの声を頂けるようになりました。私自身もとても嬉しく思います。

私は、クライアントが困っていたら1日でも早く問題を解決して、その方の不安を取り除ける施術家でありたい。そのために、クライアントには毎回真剣に向き合い、日々の学びや技術練習は欠かしません。

これまで積み重ねてきた経験を活かし、皆様がお困りのことが解決され、明るい笑顔になって頂くために全力を尽くします。

足のお悩みは安心して私達にお任せ下さい!